遠藤国賠ニュース

第47号(控訴審第27号) 2000年11月12日(日)

 

 
控訴審弁論傍聴記

 今回は、亜細亜大学法学部4年生のO・Hさんに弁論傍聴記をお願いしました。O・Hさんの弁論傍聴記は、これが二回目となります。

[ガヴァガイ]

 「(求釈明に対する)説明を出さないのなら、証人……」。

 定年を控えているという裁判長から、国側の姿勢によっては証人尋問の可能性もあることを示唆する言葉が発せられた。「今回だけは、裁判長偉かった。」弁論後のミーティングでは、裁判長を賞賛する声も聞かれた。次回の弁論は、どんな裁判長の訴訟指揮で裁判が展開されるのだろうか。

●傍聴へ

 授業を終え、大学を出たのが14時30分。重いかばんを恨めしく思いつつ、駅まで走った。15時、無念にも、開廷時は電車の中であった。

 霞ヶ関の駅を出たところで、ハンセン病国賠の弁護士の方と偶然出会った。二、三言葉を交わした後、急いで法廷へ。開廷より20分ほど遅れての到着であった。

●満員の傍聴席

 法廷の扉をそっと押し開け、中を覗くと傍聴席は沢山の傍聴人で埋め尽くされていた。前回を上回る傍聴人の数。思わず扉を閉めてしまったが、扉の窓からもう一度中を覗くと辛うじて空いている席がいくつかあった。

 気を取り直して法廷へ入り、後方の席に腰をおろした。初めてお見かけする方、前回「週刊ビッグコミック・スピリッツ」の呼び掛けで来ていた方、常連の方、色々な方がいらっしゃるが、傍聴に不慣れそうな方が今までより多く目に入った。途中で入廷する方もいる一方で、退廷する方も数名。ふと見ると、私の隣に座っていた方は腕を組んで眠っていた。それでも、傍聴席がいっぱいであるということは大きな意味があるように感じられた。

●傍聴人への配慮

 そんな中で、阿部弁護士は時折時間を気にしつつも、前回同様、「控訴人」を「遠藤さん」と読み替えるなど傍聴者に配慮して準備書面を読み上げていらっしゃった。私は遅れて来たため、準備書面を事前に頂くことができなかったが、お陰で陳述の内容はよくわかった。

 傍聴人への配慮は、裁判官にとって蛇足であるかもしれない。しかし、裁判をただ公開しても内容が分からないのでは、裁判公開は名ばかりの形式である。

 以前、何度か傍聴させて頂いたある裁判部では、私が傍聴しに行くと、裁判のたびにその事件の内容や、それまでの裁判の経緯を説明して下さった。裁判長が指示をするので、弁護士の方も傍聴人に配慮して下さった。そういった裁判の傍聴では自分なりにどちらが正しいのか等を考えることができたので、実質的には違うのだが、裁判に参加しているという気にさせてくれた。

 その裁判部では、判決内容を当事者に説明するということもしていた。納得した敗訴者が「ありがとうございました。」と言って、帰って行くのを目にしたこともあった。私は、裁判官が傍聴者や当事者に裁判の説明をするということが、誤判回避の一要素にもなると思っている。

 今回の陳述では、「少なくとも4分の1以上の裁判官が、同様の証拠評価と事実認定に至るか」ということがしばしば指摘された。しかし、ほとんどの傍聴者が、平成元年4月21日の遠藤事件刑事上告審最高裁判決の中身を知らないだろうし、国賠一審東京地裁判決がいう「4分の1以上」の意味するものもわからなかったであろう。そういうことを裁判官が配慮しようとしないこと、また、配慮できないということ自体が、遠藤事件がおきるつまずきの石の一つではないかと感じられた。

定年退職間近の塩崎勤裁判長(絵:今井亮一)
定年退職間近の塩崎勤裁判長(絵:今井亮一)

●何のための裁判か

 陳述後、求釈明がなされた。既に手元の資料を片づけ始めている被告代理人もいた。「今回初めてではないものもあるわけですし、今答えられるものは答えていただきたい。」「いつまでに出していただけるのか。」との言葉に国側は「必要があれば出すということで、いつとは言えない。」。傍聴者からも不満の声が上がり、裁判長も釈明に応じないなら証人を採用する可能性を示唆した。

 前回、私は傍聴に向かうエレベーターで偶然にも被告代理人の一人と乗り合わせた。その被告代理人は体を小さくして、エレベーターを降りると物音も立てず、足早に法廷へ入っていった。しかし、今回見たその被告代理人は、声を荒げ、まるで別人のようであった。聞くところによれば、この被告代理人は、元裁判官だという。一体、国側は何のために、また何を賭けてこの国賠訴訟を戦っているのだろうか。代理人として、勝訴に導くという自分個人の名誉を賭けて戦っているのだろうか、それとも裁判官という身分のプライドを守るためだろうか――。

 この遠藤国賠勝訴に国側代理人の役割を、そして裁判官たちのプライドを見出しているとしたら、大きな間違いであると思う。この国賠訴訟に国側が負けても、おそらく被告裁判官達が求償されることはないであろう。このままでは国賠を起こした遠藤さんの思いが空回りしてしまうのではないか、と思いつつ傍聴を終えた。

[亜細亜大学法学部4年生 O・H]  



控訴審弁論解説

 今回の弁論のタイトルは「刑事二審裁判の違法性」。一審判決は、事実経過についてよくわからないところには目をつぶり、何がしか説明がつきそうなところは事実をでっち上げてでも説明をつけ、そうして遠藤さんを有罪とした。そこに存在した矛盾を、二審判決がいか如何に見事に(?)救済してしまったか、がテーマである。

●刑事二審判決は断言した

 「遠藤さんの運転する車が被害者を轢過(れっか)した、と刑事一審判決が認定したのは、そこに挙(あ)げられた証拠からして正当だ。またこの認定は法律上正当な手続によって行われているし、二審で改めて調べても何ら訂正すべき点はない。」

 刑事二審判決は、概(おおむ)ねこのように言い切った。

 しかし最高裁は、これは誤判であると明確に認めている。

 「本件では、刑事一、二審において十二分に事実が調べられた。にもかかわらず、判決は証拠の評価を誤り、判決に影響を及ぼすべき重大な事実誤認を犯したといわざるをえない。したがって、この判決は『破棄しなければ著しく正義に反する』。」

 最高裁は一、二審と同じ書類を調べただけで以上の結論に達している。それほどまで明白な事実誤認をしていた刑事二審判決であるにもかかわらず、国賠東京地裁判決は、「当時の証拠資料によると、遠藤車両の他に加害車両と疑われる車がなかった。このような情況のもとでは、普通の裁判官の少なくとも4分の1以上は、その事実誤認を見破ることはできなかったであろう。だから刑事二審の裁判官に責任はない。」と言っているのだ。

 一方われわれは、「本件は子供にも容易に冤罪(えんざい)とわかる事案」と言い続けている。どちらがはたして正しいのか。厳しく吟味する必要がある。

●あやうい情況証拠論

 刑事二審判決は、42頁をもついやして「情況証拠論」なるものを展開した。それは刑事一審判決と同様に、

(1)第一発見者(とされた)中川氏が事故発見直前にすれ違った車両が加害車両であることには間違いがなく、その車両は遠藤さんのものである、

(2)事故現場を通過した関係各車両の通過時と順序からして、加害車両は遠藤車両のほかには考えられない、

というものであった。

 そして一審と同様、(1)を認定するにあたり、上記中川氏の「幌付(ほろつ)きだったかどうだったかはわからないが、少なくとも冷凍車のようなものではなかった」などという不自然な内容の供述調書を採用している。同氏は公判で、「最後にすれ違ったのは冷凍車の類」とする注目すべき証言をしているにもかかわらずこれを理由なくしりぞけた上で、である。

 なお、このようにムリヤリ採用された中川氏の検面調書であるが、これは偽造されたものではないかと現在問題になっている。これも徹底的に追及する必要がある。

 刑事一審は(2)の事実を、本来採用してはならない証拠を根拠に、しかもそれを唯一の根拠として、認定してしまった。根拠となった事実そのものは、事故当夜の検問の際作成された検問表の内容なのであるが、検問表じたいが法廷に出てきたわけではない。そこに出てきたのは、検問に従事しなかった警察官が、別の警察官が「書き写した」という検問表の内容を丸暗記してした証言、すなわち「また聞き」の証拠だったのある。

 このような「また聞き」の証拠を、刑事訴訟では「伝聞証拠」といい、原則として採用してはならないことになっている。直接自分で見聞きしていないことを言われてもあまり信用できないからである。そこで、ちゃんと自分で見聞きした本人を呼んで証言させなければならないのであるが……(以上につき、本紙42号5頁以下参照)

 刑事二審は、この違法な伝聞証拠を採用するのはさすがにまずいと考えたようだ。それなら(2)の事実は立証できないはずだ。ところが思いもよらぬ方法で、一審同様の結論を維持した。なんと「また聞き」の証拠を「また聞きではない」証拠に化けさせたのだ。すなわち、実際に検問に従事せず検問表も作成していない警察官を、検問に従事し検問表を作成した警察官と認定したのである。

 この警察官は補充捜査に従事したにすぎず、それについて証言するため二審の法廷に出てきたのであるが、当の本人が「自分は検問とは関係ない」旨述べていたにもかかわらず、である。なおかつ、実際に検問に従事した警察官2名もすでに法廷に登場し、「自分たちが検問に従事した」旨証言していたにもかかわらず、である。

 そんなことを裁判所がやるなんてだれも考えない。しかし、遠藤事件の刑事二審・東京高裁はやったのだ。これはもうケアレスミスなどというものではありえない。十二分に事情を知ってことさらに悪意をもって、遠藤さんを有罪にするためにだけ、やったとしか考えられない。違法な伝聞証拠を採用した刑事一審をはるかにしのぐ悪質な所業を刑事二審は行ったことになるのである。

 しかも、判決の際にはその点を朗読しないでおいて、後に作成した判決書に書き込むというひどいものだった。

 こんなことを、普通の裁判官の少なくとも4分の1以上が行うというのか

 なお、検問車両をめぐる証拠関係においては、起訴検察官の手元に起訴時、そもそもどのような証拠書類があって、どのような根拠をもって起訴したのかが問題になっている。それを明らかにすべく申し立てた「文書提出命令」は一年以上たった今現在、未だ最高裁にて審理中であることを付言しておく。(本紙42号2頁参照)

東京高裁民事9部・809号法廷の様子 (絵:今井亮一)。左側が原告、右側が被告。
東京高裁民事9部・809号法廷の様子 (絵:今井亮一)。左側が原告、右側が被告。

●アリバイ排斥の手口

 刑事一審は遠藤さんのアリバイを、新たな事実を創作してまで否定した(これについては本紙43号3頁以下参照)。そして二審も、この結論をそのまんま、認めてしまった。

 その理由は要するに、「遠藤が犯人だからアリバイは成立しない」という逆転した論理である。すなわち、上に述べた中川氏の証言、以下に述べる「異常走行体験供述」、右後輪付着物がO型の人血など、ことごとく争われている他のテーマに関する証拠で、遠藤車両を加害車両と認定しているのである。

 遠藤さんは、捜査段階の初期の段階から一貫してこう述べていた。

 「クランクを曲がってくるバスを認めたので、これとすれ違うために左側によろうとして左前方を見ると阿賀の川タクシーの蛍光灯看板が目に入った。この近辺でバスとすれ違った。」

 そして、遠藤さんとすれ違ったそのバスの運転手が直後に、道路の中央付近に寝ている被害者を見ていた。これらを突き合わせるとアリバイが成立する。

 ところが国賠東京地裁判決は、刑事二審の誤りを仕方なかったとして救済してしまった。理由は、阿賀の川タクシーの看板と他の看板とを遠藤さんが見まちがえた余地があるから、というものだった。 しかし当時、見まちがえるような蛍光灯の看板は付近にはひとつもなかったのだ。つまり遠藤さんの供述を排斥できる証拠は一切なかったのである。

 このような認定を、日本の普通の裁判官の4分の1以上が、はたして行うのであろうか?

●いわゆる右後輪付着物(物証論)

 刑事二審でも、(1)19×20センチメートル大の右後輪タイヤ付着物の発見(注目)経緯、(2)被害者の轢過(れっか)態様と右後輪付着物の付着のしかた、(3)血痕鑑定の評価が激しく争われた。だが、結論は一審と同じだった。

 まず、(1)右後輪付着物を、事後直後の緊急検問で警察官は発見できなかった(これが発見されたのは事故発生の2日後)。その理由として刑事二審判決は、検問警察官に事故状況が伝わっておらずタイヤに注意しなかった余地があること、タイヤのゴムの一部に付着した血液が、事故後30分の経過により乾燥し単なる汚れとしか見えなくなっていた余地があること、を言う。

 噴飯ものというほかない。刑事二審の公判では、検問警察官の渡辺正紀氏が、検問状況についてこう証言している。「タイヤに光を照射して見分しました。…」と。

いわゆる、右後輪付着物
いわゆる、右後輪付着物

 検問の5分間という時間は、決して短くない。その間中、探索的に見分した警察官が発見できなかったのだ。その事実は重い。

 さらに刑事二審判決は、「二人の警察官は日本防火ライト工業での車当(しゃあ)たり捜査で19×20センチメートル大の血液のようなものを発見して、一旦警察署に戻った。その発見状況の報告を受けた上司の指示により、再度二人の警察官が日本防火ライト工業に赴き改めて確認し、遠藤さん本人に運転させ岩沼警察署に移動させた」と認定してしまった。この点については刑事一審判決は完全に沈黙していた(本紙前号7頁参照)のだが、二審はムリヤリ、積極的に判断を下したわけである。

 この、およそ合理性の欠片(かけら)もない事実認定に、最高裁も「捜査経過自体不自然である」と疑問の目を向けている。日本の普通の裁判官の少なくとも4分の1以上が、こんな事実認定をするというのだろうか。

●超アクロバット的事実認定

 刑事二審判決は、(2)事故態様について超ウルトラCともいうべき、アクロバット的事実認定をしている。

 「遠藤車両の右後輪外側タイヤの外周よりの部分が、地上に横たわっていた被害者の頭部前面部分に乗り上げてその部分の皮膚を剥(は)ぎ取るような状態で轢過(れっか)した。その結果、剥(は)がれた皮膚片がタイヤ外側面に触れて19×20センチメートル大に血液を付着させた。」

 時速40キロメートルの速度で走行する車両のタイヤが、路上に横たわった者の頭部と接触する時間は100分の5秒である(江守鑑定)。つまりその100分の5秒の間に、まず皮膚が剥(は)がれて大量に出血し、しかる後その皮膚が再び元の頭部に戻った、というのである。だいたい、仮に皮膚が剥(は)がれたとしてもその大きさはどれだけあったというのだろうか。

 刑事二審の裁判官らは、本当にこう考えて判決を書いたのか、ぜひ聞いてみたいものである。

 このように、(1)右後輪付着物が発見される過程にしても、(2)被害者の轢過(れっか)態様と、付着物のその付着の仕方にしても、物証とされた「19×20センチメートル大の付着物」を被害者の血液と認める根拠はまったくない。こんなことは子供ですら容易に理解できるであろう。「子供にでも冤罪(えんざい)とわかる事件」といっている所以(ゆえん)である。

 さらに刑事二審は、(3)右後輪付着物の血痕鑑定について、一審と同様、要するに有罪に導ける鑑定をすべて採用した。それも理由ひとつ明らかにせず、ただ、「○○鑑定は信用できる」「××鑑定は信用できない」と言っているだけ。

 他方最高裁は反対に、被告弁護側の主張をすべて、根拠を示した上で、認めた。(詳細については各判決文を参照してください。)

●供述証拠論ムだまし取られた自白

 「時速約40キロメートルで進行中急に車の進行状態が、後から何かに車を引っ張られるように、スムースであった車の進行がにぶったような感じがした。そして急にハンドルが取られ車の後ろのほうがバウンドした状態になり、私の身体が少し浮き上がった。進路も急激に変わり、5・6メートルくらい進行する間に、1メートルくらい左側に移動した。」

 これがいわゆる「異常走行体験供述」である。

 二審判決は、これは遠藤さん自らがすすんで述べたものであり、その内容も信用できると認めてしまった。その根拠は、取調べの最中に取調官が鑑定結果の連絡を受けてそれをもとに供述させたこと。そして供述自体、車両の動きを克明に表現しており実際に体験した者でなければ分からないものであること。

 しかしこの「異常走行体験供述」は「偽計による取調べ」によってだまし取られたものであることは疑いがない。なぜなら、

(1)取調べ方法について取調官を弁護人が尋問したところ、証言が二転三転し非常に不自然であった。

(2)鑑定結果について取調べの最中に連絡を受けたというが、その鑑定結果のデータが今日に至るまでまったく出されない。よってこの鑑定自体実際にはなされていなかった疑いが濃厚である。

(3)「異常走行体験供述」には、右後輪のみ轢過(れっか)の場合の典型的な現象が記載されている。これは、取調官が右後輪付着物の存在にあわせて遠藤さんに供述させようと誘導した結果である。

●事故認識の欠如とひき逃げ犯人像との矛盾

 遠藤さんには、取調べのときまで事故認識、すなわち事故に関与したかもしれないという意識がまったく存在しなかった。現場で異常走行を体験したのが本当だというのなら、検問時に警察官から聞かれたとき、また2日後に出社した際上司から聞かれたとき、異常走行体験と事故との関係に気付くことになるのが当然の話である。そして、もし犯人なら、車を調べて19×20センチメートル大の血痕を見つけ、洗い落とし、証拠の隠滅を図ろうとするだろう。容易に想像できることである。しかし、遠藤さんはまったくそんな行動をしていなかった。

 事故認識が欠落している遠藤さんの一連の行動は、現場で衝撃を体験したひき逃げ犯人像とはまったく矛盾する。このような事態に直面すれば、弁護人ならずとも、これはおかしいと考える。すなわち遠藤車両は加害車両ではないのではないか、と気付くはずである。

 この点、刑事一審最終弁論で弁護人は大々的に論じたが、一審判決は、頬被(ほおかぶ)りして応えなかった(以上につき、本紙前号4頁参照)。かわって二審判決は、被告人の挙動と題しこの問題に触れている。

 しかし、事故認識の欠如とそれに基づく行動が必ずしも犯人像とは矛盾しないと述べるだけ。とってつけたように、「24日津川署に出頭する際、逮捕にそなえて洗面具や下着を買っていたではないか」という。

 意図的に論点をはずしてすり替えている。実際は、洗面具などを買ったのは、警察からそう言われたから買っていただけのことなのだ。

 以上のように、スジの通らない、大いなる矛盾を乗り越えてまで、日本の普通の裁判官の少なくとも4分の1以上が、同様の事実認定をするというのか、厳しく問われているといわねばならない。

東京高裁民事9部・809号法廷前の予定表
東京高裁民事9部・809号法廷前の予定表

※このような弁論の後、「求釈明(きゅうしゃくめい)の申立て」をおこなった。

 「釈明」とは要するに、裁判官が事実関係等についてよくわからないところを当事者に質問することであるが、当事者も裁判官の尻を叩いて「これこれについてあちらさんにき訊いてくれよ」と請求することができる。これが「求釈明の申立」である。実際のところは、法廷の場で当事者が相手に質問するのとそう異ならない。

 遠藤国賠の場合、被告国側は、一審のときから争点についてほとんど何も答えていない。黙っていれば裁判所が勝たせてくれると言わんばかりの態度に終始した。そして裁判所もそのとおり、ちゃんと勝たせた。

 今回、原告遠藤さん側は改めて、被告国(および裁判官・検察官個人)に対し、数々の疑問点や矛盾点をぶつけたわけである。

 他方国側には、これにこた応えるべき「法的」義務はない。ただ、自分にとって不利な質問に対して沈黙した、または明確かつ説得的な回答をしなかった、といった事実は、当然ながら判決において不利に考慮される……のが自然である。

一 公訴提起・維持について(国・検察官渡辺氏に対する質問)

1.検問表は、公訴提起時に起訴検察官渡辺氏の手元にあったか。

 渡辺氏は、関係証拠32点中に検問表を挙(あ)げているが、本当はなかったのではないかと疑われている。

2.右検問表作成のもとになった検問原(げん)メモ(検問現場で作成されたもの)は、刑事二審において、検察官の釈明によると保存期間がすぎたので廃棄処分にされているとされる。その廃棄の日時と廃棄の理由・根拠について明らかにされたい。

3.中川丈次氏の検面調書の末尾の署名は、中川丈次氏本人の手による署名なのか。また、「中川丈次」という署名の下に押してある指印は中川氏のものか。

4.中川丈次氏の員面調書(警察官の取調べに対する供述調書)や検面調書(検察官の取調べに対する供述調書)には、その目撃車両と原告車両の異同を確認した記載・形跡がない。警察官や検察官は、中川丈次氏の取調べにおいてその旨の確認をしているか。その結果はどうだったか。

5.検問表に記載のある冷凍車に対ししゃあ車当たり捜査を行ったか。その結果はどうだったか。

二 刑事一審判決について(国と各裁判官個人に対する質問)

1.船尾鑑定で予備試験フェノールフタレイン反応が五本の綿糸すべてにつき陰性であったが、これを排斥して人血と認定した理由。この排斥の理由が刑事一審判決においては欠落している。この機会に、排斥の理由を明確にされたい。

2.桂秀策鑑定はピコグラム(1兆分の1グラム)単位の人血量が含まれているというものである。この桂鑑定を根拠にして、19×20センチメートル大の右後輪付着物全部を被害者の血液と認定した根拠は何か。

 1兆分の1グラムとは、縦・横・高さ各々 100メートルの巨大水槽に1グラムの血液をたらして均等にかきまぜたときに得られる単位である。

3.右後輪付着物の発見過程について

 刑事一審の重大争点であった「右後輪付着物が発見された場所ないしは注目を引くに至った場所がどこであるか」について、判断がなされていない。刑事一審裁判官らは、どのような認識で有罪判決をしたのか明らかにされたい。

 最高裁は、「捜査経過自体不自然である…」と指摘している。

4.右後輪付着物の付着機序(きじょ/付着のしかた)について

 刑事一審判決は、一方において、上山鑑定をちゃっかり引用して右側前後輪轢過(れっか)の根拠としつつ、他方では上山鑑定をまったく無視して付着機序(きじょ)を認定しようとしていた。付着きじょ機序の認定において上山鑑定を排斥した理由。

 原審第18回口頭弁論で、沢田裁判長が、「血痕付着機序(きじょ)につき、判決理由と証拠との間に齟齬(そご)が認められるように思われるので、被控訴人らのほうで理由を補充されたい」と被控訴人に対し釈明を求めた。にもかかわらず、被控訴人らは未だ釈明することがない。右求釈明(きゅうしゃくめい)は、本来控訴人の釈明要求でもあった。この機会に明確に釈明されたい。

5.原告の「異常走行体験供述」の任意性を肯定するについて、原告の供述を排斥し、取調官の二転三転した供述を採用した理由。

 遠藤さんは、身に覚えはないと答えたが、「人の血なんだ。轢いてんだ。知らないで来ただけなんだ…」と取調官に迫られ、「異常走行体験供述」を取られてしまった。

[寅次郎]  



『明日の法律家講座』のご案内

 遠藤国賠ニュース46号でもお知らせしたとおり、司法試験の受験専門学校「伊藤真の司法試験塾」での講演会、『明日の法律家講座』において、遠藤事件が取り上げられることになりました。詳細が決まりましたので、右の通りお知らせします。この講演会は、どなたでもご自由に、無料で聴講できます。お誘い合わせの上、ご参加下さい。

 なお、「伊藤真の司法試験塾」のホームページ内の、『明日の法律家講座』のページにも情報が掲載されていますので、そちらの方も御覧下さい。

『明日の法律家講座』講演会

テーマ 「ひき逃げ犯人として裁かれて・・・ 逆転無罪・遠藤事件を検証」
講師 遠藤祐一氏・阿部泰雄 弁護士
日時 2000年11月18日(土曜日)午後6:30〜8:30
場所 伊藤真の司法試験塾 東京校
渋谷区桜丘町18-6
TEL 03-3780-1717

 なお、教室の詳細は、当日入口に掲示されます。

                 

[ガヴァガイ]  



官僚法学批判
[法律学の市民化をめざして]

 遠藤国賠原告代理人団弁護士である吉永満夫氏の著書、『官僚法学批判―市民を忘れた行政官・裁判官・法学者を批判する―』(花伝社、2,000円プラス消費税)がこのほど出版されました。この本は、弁護士経験30年の著者が、法廷の現場から渾身の力をふりしぼって書き下ろしたいわば市民への報告書でもあります。

 吉永弁護士のホームページからご紹介いたします。「この本を読むと、なぜ役人は威張っているのか。なぜ裁判官は『世間知らず』といわれてしまうのか。なぜ裁判官は『失敗の経験』が許されているのか。なぜ裁判官は行政側に有利な判決を出すのか。なぜ刑事裁判で冤罪が絶えないのか。なぜ公務員は無責任なのか。なぜエリートの刑は軽いのか、などなどの疑問が氷解するでしょう。」

 私も、先日注文いたしました。皆さんも、ぜひご一読ください。

 なお、吉永弁護士ホームページのアドレスは、http://member.nifty.ne.jp/yoshinaga98/です。

[寅次郎]  



次回弁論のお知らせ

次回弁論は──

12月13日(水)午後3時〜4時30分
霞ヶ関の裁判所ビル8階
東京高裁民事9部・809号法廷

──です。

 皆さん、傍聴におこし下さい。弁論終了後、ミーティングと懇親会(「天狗・銀座コリドー店」にて)を行いますので、そちらの方もぜひ。

 なお、「天狗」の所在地は、中央区銀座7-108銀座コリドー街 地下1階 電話:03−3572−6340です。

東京高等裁判所(裁判所合同庁舎)
東京高等裁判所(裁判所合同庁舎)

 



事務局から

●10月9日、神保町の岩波書店をのぞいたら、遠藤国賠代理人弁護士のお1人、毎回法廷へ出ている吉永満夫さんの『官僚法学批判』(花伝社)が、棚に背差しではなく表紙を向けてドーンと置かれていた。さっそく買い、読み始めた。本は、分厚いけれども次々と興味深くページをめくれて楽しみ!というタイプがある。これはどうもそのタイプの本のようだ。あと、『週刊ビッグコミック・スピリッツ』(小学館)で連載中の『交通被告人 前へ!!』(私が原作)を見て傍聴に来てくれた方々、また入会してくれた方々、ありがとうっ!!

[今井亮一]



●11月6日の朝、いつものように出勤途中でコンビニに寄り昼食を購入ついでにスピリッツ(漫画週刊誌)を立ち読みしていました。我が会の代表をしている今井さんが原作を書いている『交通被告人 前へ!!』という漫画を読むのが目的だったのですが、読んでるうちに遠藤国賠の話がでてきました。日本の裁判制度がいかに崩壊しているかの例だったんですが、かなり大々的に扱われホームページのアドレスも載っていました。近々紹介されるという話は聞いていましたが、予想以上に扱いが大きかったのでちょっと驚きました。おかげでこの週は訪問者がどっと増えました。これまで1日20〜30人程度だったんですが、発売日と次の日は300人もの訪問者がありました。この漫画の読者は大学生や若いサラリーマンが多いようです。彼らが遠藤国賠をきっかけに、日本の裁判所の現状などに興味を持ってくれたら幸いです。

[カブ]



●最近、ちょっとしたトラブルがあり、もしかしてこれはいわゆる裁判沙汰か?それもあの、数年前の民事訴訟法改正の目玉商品、「市民に身近な司法」への第一歩との誉れ高き、あの、「少額訴訟」というやつか?!という事態に発展しました。そこで、元ボス(弁護士)の知恵も借りながら(タダで(^o^))いろいろと調べてみました。少額訴訟って、業界関係者が言うほど「市民に身近な司法」ってやつなの??

 残念ながら、結論は「どちらかといえば、否」というほかありません。裁判所を「市民に身近」に、敷居を低くする工夫は、確かにいろいろと凝らされてます。しかしこれは、事実関係や法的事項にほとんど争いのない、ごくごく簡単な事件についてのみ、活かされるものでしかないようです。しかしながらこのような簡単な事件についてさっさと解決する制度は、実は従来からあったんですね。もちろん、事実関係や法的事項の点でややこしいトラブルを簡単な手続きでさっさと解決されては相手さんが困ることも事実。「少額訴訟」はその中間を取ったようなものなのでしょうが、それにしても、「訴訟」と名のつく以上はやっぱりかなりメンドウそうで、あんまりやりたくないなあ……

 幸にか不幸にか、私の相手さんはあまり私とケンカしたくなかったようで、事態は円満解決に向かっています。裁判がメンドウだということは、当事者のお話し合いでの解決へと導くものでもありましょうが、カネもヒマもない一市民が、もうちょっとお手軽に裁判所を利用できないものかという気も、とってもしています。

[tommi]



●「ん、公務員? そりゃ税金ドロボウのことだよ。ア、おまえもその一味ってわけか?!」 これは私の父の言葉です。実は、私は技能系の公務員なのでした。公務員とは「公共役務提供員」であるべきだと思ってるのですが、そういう公務員は少数派のようです。財政再建団体に転落寸前の自治体、その職場にリストラの嵐が吹き荒れています。組合の緊急集会が招集され大騒ぎです。

 しかし、歴史的使命を終えた無用の職は廃止されてもやむを得ません。それが時代の流れです。そして、「総論賛成各論反対」なんてことを自分はしたくない。

 そこで転職のために、労働省の「教育訓練給付制度」を利用しようと公共職業安定所に問い合わせてみました。すると、公務員はその制度の対象外とのこと。なぜなら、「クビになることがそもそも想定されていないから」とのことでした。 

 「エ、公務員なのに転職? やめときなさいって! 我々公務員、絶対クビになんかならないから。選挙にろくに行かないカシコイ国民様が雇っててくださるんですから」とまでは言ってませんでしたけどね。

[寅次郎]

 


発行: 「遠藤国家賠償訴訟を支援する会」

代表 : 今井亮一 (交通ジャーナリスト)
広報 : 寅次郎  (勤人&大学院生)

  事務局連絡先:
     Tel & Fax 03-3319-3012
     E-mail:ip2m-sgym@asahi-net.or.jp