遠藤国賠ニュース

第46号(控訴審第26号) 2000年8月20日(日)

 

 
控訴審弁論傍聴記

●開廷はまだか・・・

 7月19日午前6時55分、「長らくの御乗車、お疲れ様でした。間もなく、東京駅に到着いたします。」車内アナウンスが入る。昨日午後11時、京都駅発の夜行バスに乗った私は、こうして東京へ着いた。荷物を抱えて車外へ出ると、まだ朝早いのに蒸し暑い。天気は薄曇り。お尻が痛い、背筋がこわばっている。

 柔軟体操をしていると、話掛ける者がいた。「こういうバスって、快適?」振り返ると、30才ぐらいの警察官だった。「うーん、快適とまでは言えないですねぇ。」アキレス腱を伸ばしながら答える。「これって、いつでも乗れるの。予約とかするの。」色々と聞いてくる。しばしの雑談を続けながら、私は別のことを考えていた。「あぁ、弁論は午後3時からなのに、それまでどうやって時間を潰そう。」

●ドーナツを求めて

 とにかく朝食だ。ドーナツとコーヒーが欲しい。荷物を抱え、有楽町から銀座まで歩き回ったが、ミスター・ドーナツがない。結局、有楽町の交番に駆け込んだ。「つかぬ事をお聞きしますが・・・。」そこの警察官によると、この近くにミスター・ドーナツはないとのこと。そういえば昔この交番で、ロッテリアの場所を聞いたこともあった。

 ウェンディーズ西銀座店へ入り、べーグルサンドで我慢する。アイスコーヒーをチビチビと飲みながら本を読み、かなり居座る。午前9時30分、そろそろ限界だ。どこへ行くかを考える。「この暑さでは、外で本も読めない。お金がいらず、クーラーが効いていて、長居できるところはないか。近所の図書館は知らないし。」その時、あるアイデアが閃いた。「そうだ、裁判所だ。」

●裁判所で暇つぶし

 一路、霞ヶ関の裁判所合同庁舎へ。そして、遠藤国賠の法廷である、809号法廷の控室に陣取り、一人読書をする。たまに、職員が見回りに来るが、何も言わない。涼しく、静かで快適だ。ただ、椅子が堅い。

 午前11時、読書に飽きたので、午前中最後の弁論を聞きに法廷へ入る。塩崎勤裁判長が、いつものように、茶々を入れる調子で原告に話している。「やっぱり、この人は他の裁判でも、こういう感じでやってるんだ。」

裁判所といっても、普通のビル。廊下はこんな感じ。
裁判所といっても、普通のビル。廊下はこんな感じ。

 お昼休みになり、読書を再開。買い物が面倒なので、昼食は省略。でも、まだまだ時間がある。

●刑事裁判を傍聴

 午後は適当に見繕って、刑事裁判を傍聴。被告人が手錠と腰紐を付けられて入廷する。執行猶予判決が出て、その場で釈放される。家族が喜んで泣いている。被告人が中国人の公判では、通訳がつく。10分間隔で、目まぐるしく入れ替る法廷をボーっと見ていると、次の公判の保釈中の被告人と間違われ、弁護士に声をかけられたりした。

 私が見た限りでは、法廷は単なる形式上の「処理」に終始していた。特に、中国人被告の公判では、検察官が「追起訴をする予定だが、サミットの警備に人員を取られて、捜査が進んでいないので、次回公判を二ヶ月後にして欲しい。」と申し出て、認めれられてしまった。弁護士は、国選なのだろうが、異義を申し立てない。その間、被告人は勾留されたままになるのだ。次回公判といっても、また起訴状の読み上げだけではないか。

 遠藤さんの刑事事件はどうだったのだろう。遠藤さんは無罪を立証しようと、あらゆる努力をしたにもかかわらず、裁判官や検察官にとっては、単なる形式上の「処理」だったのだろうか。警察の行為を正当化するための、一つの「儀式」に過ぎなかったのだろうか。私が交通裁判で被告人とされた時、やはり同じように「処理」されてしまうのだろうか。そんなことを考えながらふと時計を見ると、午後1時50分だった。そうだ、もうすぐ待合せの時間だ。

●弁論前のミーティング

 午後2時、裁判所一階東側の弁護士控室へ行く。代理人の弁護士さんと当会広報の寅次郎さんに会うためだ。入口で、阿部弁護士と擦れ違う。私は今までに一度お会いしただけなのだが、会釈をすると、「あっ、どうも。」と返事をされた。覚えていて下さった。控室に入ると、寅次郎さんはまだ来ていない。隅の方では、環弁護士がどなたかと歓談中。居る場所もなく、入口近くの椅子に座っていると、帰って来た阿部弁護士が、奥のテーブルへ案内してくれた。「いゃぁ、私もホームページ、見ましたよ。」と、席につくなり遠藤国賠ホームページについて、色々と感想を話された。その後、今日の弁論の話に移ったところで、寅次郎さんが到着。しばらくして、環弁護士も合流。

 その後の話は、もっぱら「判例タイムズ」の1028号に掲載された、ある座談会についてだった。というのも、それは文書提出命令についての座談会で、その参加者の一人が遠藤国賠の裁判長、塩崎勤氏だったからだ。それだけではない。その中で塩崎氏は、なんと、自分が二度にわたって却下した、遠藤さんによる文書提出命令の申し立てに言及しているのだ。

 この申し立ては(詳しくは、遠藤国賠ニュース42号を参照)、本件轢逃げ事件の捜査記録を提出するよう求めるものだ。そもそもこの種の書類は、刑事裁判の段階で率先して提出されるべきものらしい。遠藤さんの起訴が本当に適正であったなら、捜査記録を公にしたところで何の支障もないはずである。しかし、国側はそれを提出しようとしない。それを提出するよう求めた申し立ては、塩崎氏によって二度も却下された。この申し立ては、現在、最高裁に場所を移して審理中である。

 この座談会が面白いのは、遠藤さんによる文書提出命令の申し立てについて、他の参加者が塩崎氏と意見を異にしている点である。ある参加者は、「被疑者の人権」という「法的な価値が高いような問題がまさに中心となる」点を指摘し、そのような文書は、「出させる方向に傾く」だろうという意見を述べ、他の参加者も、「その程度だったら出してもかまわないような気もするのですが」と、賛同している。それに対して塩崎氏は、「理屈としては難しい」の一点張りである。この話を持ち出すこと自体、塩崎氏にとっては藪蛇のように思える。捜査記録などというものは、誰が見ても明らかに提出すべきものなのだ。

●満員の傍聴席

 午後2時45分、「そろそろ、行きますか」と、阿部弁護士。全員立ち上がって809法廷へ。「今日は何人ぐらい傍聴に来るのだろう」と、案じながら法廷へ入ると、既に10人ぐらいが座っている。この時点で10人とは多い。しかも、なぜか若い人が目立つ。後で知ったのだが、実は、当会代表の今井さんが、現在「週刊ビッグコミック・スピリッツ」で連載している漫画、『交通被告人 前へ!!』の中で、遠藤国賠の傍聴を呼掛けて下さったのだ。寅次郎さんは早速、路上のティッシュ配りの要領で、紙袋に用意していたビデオ資料と準備書面のコピーを配り始める。

 ところが、後からどんどんと傍聴人がやってくる。ビデオも準備書面もあっという間になくなる。「もっと用意しておけば良かった・・・」と、寅次郎さんいつもの後悔。結局、43席しかない傍聴席に、29人の傍聴人が詰掛けた。

●無言の被告代理人

 午後3時、「御起立願います。」塩崎裁判長以下、二人の判事が入廷。弁論が始まる。今回出席した原告代理人は、阿部弁護士、佐藤弁護士、環弁護士、芳賀弁護士、吉永弁護士(順序不同)の五名。遠藤さんはお仕事の都合で欠席。

 阿部弁護士が陳述を始める。「今回は刑事一審裁判の違法性の各論その五で、控訴人の事故認識に関するものです。」陳述は、基本的には準備書面を読上げるのだが、今回は特に傍聴初体験の人が多いことを考慮してか、阿部弁護士は、「控訴人」を「遠藤さん」と読替えたり、やや込入った箇所を繰返して説明したりしていた。

 詳細は後の「解説」に譲るとして、今回の陳述の要点は以下のようなものだった。捜査段階の遠藤さんの供述には、「急にハンドルが取られて左に進路が変わった記憶があります。」というくだりがあり、「異常走行体験」と呼ばれている。これは明らかに警察が捏造したものであるが、刑事一審裁判では、この供述を全面的に信用できるとして採用している。だが、同時に一審裁判所は、遠藤さんが証拠隠滅などをした形跡がないことから、遠藤さんには事故を起こしたという認識が全くなかったことを認定しているのだ。しかし、考えてみれば、「異常走行体験」をしたにもかかわらず、その直後の緊急配備検問で轢逃げ事件について問い質されても、なお事故認識が全く生じないというのは、おかしなことである。そのような明らかに矛盾する認定をした判決は違法とは言えないのか、ということだ。

 陳述の後、阿部弁護士は、「今回で一審裁判の違法性については一区切りついたので、次回にでも被告には釈明を求めたいと思います。まぁ、答えるかどうかは分りませんがね。」と付け加えた。塩崎裁判長は、「あぁ、わかりました。」と答え、被告代理人は黙っている。続けて、次回弁論の日程を決めるやり取りがされる。次回は9月27日ということで決まる。このやり取りの間も、被告代理人は黙ったまま。ただ、うなずいただけだ。今回は、被告代理人は完全に黙したままだった。

●弁論が終わって・・・

 閉廷後、法廷控室でミーティングをする旨の呼掛けをして、若い人も含めてかなりの人数に集まってもらう。みんな口々に裁判所の対応について不満を言ったり、代理人の弁護士さんに質問したりする。初参加の若い人にも、感想を述べてもらうなどして、ミーティングは一時間ほど続いた。非常に多くの人が来てくれたので、ここぞとばかりに、「ミーティングの写真を取りたい」と申し出たが、特に嫌がる人はいなかったにもかかわらず、「裁判所内は撮影禁止だよ。」と、環弁護士にあっさりと制されてしまった。さすがは元裁判官。でもちょっと堅すぎませんか、法廷内ならともかく、控室じゃないですか。

 ミーティングの後はお馴染み懇親会・・・、に名を借りた飲み会。若い人も誘ったのだが、女性からは、「お酒飲めないし」と断られ、男性からは、「世代が違うので」と断られた。「『世代』って、あんた、私はまだ27才だよ。君とはそんなに変わらんよ。」と、心の中で叫びつつ、無理強いするのも良くないので、「また応援して下さいね」と、営業スマイルでその場を後にした。まぁ、常連で傍聴に来て下さる方々は、やっぱり個性の強い人が多いから、初めて来た人に飲み会まで付合ってもらうのは難しいだろう。なにより、傍聴に来て下さっただけでも、御の字だ。

弁論後の懇親会の様子
弁論後の懇親会の様子

 飲み会・・・、懇親会には13名が参加、いつもの「天狗」で、ワイワイ言いながらビールを飲んだ。阿部弁護士と環弁護士も参加され、私はテーブルが違ったのだが、ずいぶん盛り上がっていたようだった。飲み会・・・、懇親会は8時近くまで続き、皆いい気分で解散。さて、次回も楽しみですね(何が?弁論、それとも飲み・・・、懇親会?)。

[ガヴァガイ]  



控訴審弁論要旨

 ひき逃げ事故の加害者は通常、たとえばその痕跡を洗い流すなどの証拠隠滅行動をするはず。なのに遠藤さんはそのようなことを一切していない。ならば遠藤さんは加害者ではないと考えるのが自然──今回の弁論のポイントはここにある。

●起訴検察官の言い分は笑止千万の噴飯もの

 国賠一審・東京地裁の法廷において、起訴検察官の渡辺氏はおおむねこう証言した。

 「事故当時は濃霧で視界が悪いことに加え、遠藤さんは過労運転とか居眠り運転に近い状態だった。

 だから進路前方に寝ていた被害者を事前に発見できなかったし、何か物に乗りあげた衝撃を受けても(いわゆる「異常走行体験」)まさか人をひいたとは思わなかった。

 だからその約30分後に緊急配備検問を受けて『警察官から津川町でひき逃げ事故があったが知らないか』と聞かれても事故をおこしたことに気づかなかった。

 だから19×20センチ大のけっこん血痕を付着させたまま松山町の自宅に帰り、2日後に警察官にこれを発見されるまで、遠藤さん自身もこれに気づかなかった。

 だからけっこん血痕を洗い流すなどの証拠隠滅もなにもしないまま警察に車両を差し出した。」

 まず、事故当時現場に「濃霧」などなかった。これは実況見分調書から明らかである。なにより、バスの運転手やタクシーの運転手を始めとする関係者がそろって、横たわった状態の被害者を発見している。それにもかかわらず、遠藤さんだけが発見できなかったというのはおかしい。これは遠藤さんが現場を通過した時に被害者はそこにいなかった、ということにほかならない。

 また、遠藤さんが「過労運転」「居眠り運転」していたはずはない。事故現場からさらに4時間、遠藤さんは休憩しないで運転し続けているのである。

 さらに、走行中に突然「異常走行体験」をした場合、運転手ならだれもが車両を停めて点検するだろう。しかし遠藤さんはしていない。

 そして「異常走行体験」が本当ならば、そのわずか30分後に警察官から聞かれた「津川町のひき逃げ事故」と頭の中で結びつかないはずがない。しかし遠藤さんの頭では結びつかなかった。

 このとおり、渡辺見解は笑止千万というほかない。

 ちなみに、司法研修所で修習生が検察実務を学ぶためのテキストで遠藤事件が数年前に紹介された際、ここでの論点がとり上げられている。

 「事故の発生に気がつかなかったかのような被告人の供述は、まさに不自然である。被告人車両がれっか轢過車両でないか、被告人がウソをついているかのどちらかである。被告人の異常走行体験供述は、どちらにしても全面的には信用できないのである。」と検察教官ですら言っている。

●有罪の証拠となった供述

 ここで、遠藤さんの「自白」を列挙してみよう。

 「私の車が津川町を過ぎて福島県に入ってから検問にあい警察官から津川町でひき逃げがあったが知らないかと聞かれたが、知らないと答えて通過してきました。」(12月23日付調書)

 「市街地を走っているとき瞬間的に車がスムースに進まなくなったと同時くらいに急にハンドルが取られ左に進路が変わった記憶があります。またこれと同時ころ私の車が・・・バウンドしたような状態となり一時私の体が浮き上がった記憶があります。」(いわゆる「異常走行体験供述」、23日付調書)

 「これまで申した記憶があれば当然私の車が人をひく前に私がその人を発見できるはずなのに今のところ発見した記憶・・・は思い出せません。」(23日付調書)

 「逃げる気があったということは絶対にありません。そんなわけで、・・・検問を受けたとき何があったのだろうと思ったのであります。」(23日付調書)

 「この変わった状態(「異常走行体験」)のあったときから約30分くらい走り・・・福島県に入り、・・・警察官に停車を命ぜられ停車したのです。・・・警察官は『津川町でひき逃げがありましたので免許証と車を見せてください』と申され、・・・私は『事故を見てこないのでそのまま走ってきました』と申しました。」(24日付調書)

 「どうしても事故を起こす前に被害者である相手を発見しておりませんし事故後も交通事故であることに気づかないで現場を立ち去ってしまいました。」(24日付調書)

 このような「自白」調書はどのように作り上げられたのだろうか。遠藤さんに聞いてみた。

 「(岩沼署での取調べの際)『消雪パイプを踏むこともあるでしょう?』と聞かれたので、一般論のことだと思って、『そういうこともあるでしょう。特に夜間はセンターラインよりに走りますから』と答えました。すると、『踏めばショックがあるでしょうね?』と聞くので、『まあ、多少はあるでしょうね』と答えたのです。

 ところが・・・。取調官が読み上げるのを聞いて耳を疑いました。『津川町に入ってから何かに乗り上げたようなショックを受けハンドルをとられました』という文になっているんです。あわてて訂正を求めると『最後まで聞いてからにしろ』と言われ、調書を読み終わったとき、また訂正してくれるように言うと、『何言ってるんだ!おまえの車のタイヤに人の血がついているんだぞ!』と言われ、結局訂正してもらえませんでした」(なおこの時点では人血かどうかの検査はまだ終わっていなかった)

 「(津川町の現場で実況見分に立ち会った際)パトカーに乗せられ、消雪パイプを見ろと言われ、おりて見ました。『この辺でハンドルをとられただろう。ガタンと音がしたはずだ』と何度も何度も車をとめては聞かれました。『何もありません。ショックなんかなかったんです』と必死に否定しても『記憶になくとも人の血がついているんだ。消雪パイプに乗っかったような記憶はあるんだろう?ガタンと音がしただろう』とくり返すのです。

 津川署に戻っての取調べでも同じでした。その時、私は、ボウッとなってしまいどうすればいいのか分かりませんでした。人の血が現についていると言われると反論できなくなりました。どうしても言うとおりに書いてもらえないとき、いったいどうすればよいのか、その時私は知りませんでした。

 で、取調べ官が『もしあなたが轢いたとした場合には、どういうふうにするか?』と聞くので、『私なら直ちに被害者を救護し、警察に連絡して事後の処理にあたります』と答えました。ところが、のちにわかったのですが、調書には『私がひきました。これから被害者のほうと事後処理にあたります。大変申し訳ありません』となっていたのです。ガーンと頭を殴られた気持ちでした。署名捺印するときに聞かされた内容と全然違うんですから。」(『私は轢いていません!「遠藤事件」のミステリー』(1984年)より)

 つぎに、関係者の供述を引用する。

 まずは日本防火ライト工業の自動車管理者・山崎定氏。

 「この度の事故で私は本人に原因等についてよく聞いてみましたが、本人もはっきりした記憶がないと困っております」(24日付司法警察員馬場大作氏に対する供述調書)

 そして遠藤さんの上司・斎藤吉夫氏。

 「社長を通じ警察から遠藤の車両が事故にあったらしいので連絡するようにと指示されていたので、出社した遠藤に『何かあったのか』と尋ねた。遠藤は『うらばんだい裏磐梯で検問にあいました』と答えた。そして、社員4・5人と一緒に車両の周辺を見て回った。もちろん右後輪タイヤ外側面も見た。さらに、その後、警察官2名がやってきて、車両を前後から見て歩いた。10分くらい見て帰って行った。再び、2人の警察官がやってきて、警察署に車両を運んで調べることになった。」

 このように遠藤さんは、斎藤氏から「何かあったのか」と問われても、上司・同僚と車両を検査しても、さらにはのべ4名の警察官がやってきて車両を見て回っても、「事故認識」を生じなかった。

●事件を見誤ることなかれ

 19年前、弁護人(阿部弁護士)は刑事一審最終弁論において以上の問題を、概ね以下のように論じた。

 「遠藤さんの警察官に対する供述調書では、走行中に急激かつ異常な衝撃を感じながら、その後検問を受けて警察官に問いただされまでしてもなお、事故を起こしたとの認識に至らなかったということになっている。ここがこの調書の最大の矛盾点である。

 一方では事故の態様からすると遠藤車には異常重大な衝撃があったとせざるをえなかったにもかかわらず、他方では当然あるはずの事故の認識を欠いたまま岩沼まで走行してきた、という内容の調書にとどめざるをえない。このジレンマに捜査官は立たされている。いかに無理な、不自然な内容の調書であるかいうまでもない。」

 そして弁護人は、この事件の処理を誤ることがないよう裁判所に警告を発した。「だれの目から見ても、有罪とするには筋の通らない事件ですよ」とダメを押して。

●始めに有罪ありきの刑事一審判決

 判決は、「(事故)当時夜間であり、しかも現場付近には霧が発生していて必ずしも前方の見とおしが良好とはいえない状況にあったのであるから、・・・前方注視不十分のまままんぜん漫然前記速度で進行した過失により、・・・被害者に気づかず・・・」「被告人(遠藤さん)は、当時人血や毛髪が事故のトラックについていたということから、もしや自分がやったのではないかと考えるようになった旨を繰り返し述べ、・・・」と言う。

 つまり、

(1)現場で「異常走行状態」を体験しても、

(2)30分後の緊急配備検問で警察官から「津川町のひき逃げ事件」のことを聞かれても、

(3)松山町の自宅まで車両を運転して付近に駐車し、さらに、2日後、日本防火ライト工業で上司の斎藤吉夫氏から「何かあったのか」と問われても、

(4)上司・同僚と車両を検査して、さらにはのべ4名の警察官が車両を見てまわっても、

遠藤さんの「事故認識」は依然として生じない状態が続いていた、と認めた。

トラックが点検を受けた、日本防火ライト工業敷地(当時)
日本防火ライト工業敷地(当時)

また、

(1)事故により、遠藤車両右後輪外側面上に19×20センチメートル大の被害者のけっこん血痕が付着した

(2)その後30分後の検問でも2人の警察官はこれを見落とした

(3)遠藤さんも車両の検査をすることなく、そのまま帰り、松山町の自宅付近に日曜日から月曜の朝まで放置していた。

(4)日本防火ライト工業で、遠藤さんが上司・同僚らが点検しても、4人の警察官が注意深く観察しても、だれ一人として、19×20センチ大の被害者のけっこん血痕を見つけることができなかった

 そして遠藤さんは、右後輪外側面上に19×20センチ大の被害者のけっこん血痕を付着させたまま車両を警察に提出したことになる。

 以上の事実を前提にしながら、裁判所は「有罪」と判断した。判決には、この矛盾についての説明はついになかった。ほおかぶ頬被りを決め込んでいる。

 普通、重大な矛盾に直面した場合、矛盾がなくなる方向で問題を解決しようとするだろう。すなわち、「異常走行体験供述」はまったくのウソであって遠藤さんに「事故認識」がないのは当然なのだ、と。

 ところが一審裁判官は矛盾を解消しようとせず、真実から目をそむ背けた。

 検察官は捜査記録の精査・検討を怠り、その矛盾に気づくことなく短期間のうちに公訴を提起した。

 裁判官は事情がまた違う。約1年半にわたって十二分に証拠を調べたうえ弁護人の主張・反証なども検討した。その上で、あえて有罪判決をしたのである。

 しかも、弁護人が最終弁論で重大な矛盾を指摘したにもかかわらず、これには知らん顔を決めこんだ。説明がつかなかったからとしか考えられない。

 このような頬被りは、絶対に許されない。またこのような認定は常識に反すること常軌を逸している。

●腰くだけの国賠一審判決

 東京地裁は、この重大な矛盾にさすがに一定の理解を示した。

 判決はよくわからない言い方をしているが、概ね「車両を提出するまで遠藤さんには『事故認識』がなかったのはまちがいないのに、他方で『異常走行体験』にはかなり強烈な印象を受けたように供述しているのはおかしい。このような疑問を一審裁判官が抱けば、『異常走行体験供述』で遠藤さんが前輪れっか轢過の衝撃を感じていないことに疑問が生じるだろうし、そうすると起訴事実では『後輪による』れっか轢過と明示されていることに疑問が及び、ひいては、異常走行体験供述の信用性全体に疑問が及んだ可能性がある。」といった趣旨を述べていると理解できる。

 しかし、このような説明は問題を矮小化するものである。

 「事故認識の欠落」と「異常走行体験供述」とは矛盾する。この認定はストレートに導かれるべき筋合いである。

 また、遠藤さんが「事故の際血痕を付着させたにも拘わらず、警察や上司らの丹念なチェックを経てもなお、これを洗い流しもしないまま警察に車両を提出した」なる茶番劇は、これを正面から受け容れるべきである。

 ところで、東京地裁は、上記判示に続けて、じつに困ったリクツをこね回す。

 まず、「異常走行体験供述の内容が後輪れっか轢過に限定した明確な表現となっているわけではな(い)」という。

 しかしその供述は「車の後ろの方で急激にショックを感じた」というものであり、これはまさに後輪れっか轢過に限定した表現というべきであろう。これは、起訴検察官のみならず最高裁、さらには、司法研修所の検察教官までもが、明確に認めている。

 これを判決は「一瞬のうちに起こった一連の衝撃を表現したものと解しえなくもな(い)」というが、どういう一連の衝撃なのか、いちどきっちり検証してみませんかと言いたくなる。

 続いて「原告(遠藤さん)が在宅で取調べを受けていたことにより、取調官の強制・誘導の余地が考えにくい環境にあった」という。ここで注意すべきは、「在宅で取調べ」というのはなにも遠藤さんの自宅に捜査官が出向いて取調べをするというのではない。取調べはあくまで警察の取調室で行われるのであり、ただ「逮捕されていない」という意味で「在宅」というのである。よって「取調官の強制・誘導の余地」は逮捕されている場合と程度の差にすぎない。「在宅で取調べ」だからといってこれを否定するのは詭弁であろう。

 さらには「右供述の変遷の経緯にあいまいな部分があってかえってその部分の信用性に疑問がもたれ、それが障害となって、前記疑問に至らなかった可能性もありうる」とくる。

 遠藤さんは一貫して、「事故認識」についてはこれがないことを、「異常走行体験供述」については捜査官が勝手に書き換えたことを主張している。しかし捜査官の「強制・誘導」があれば供述に矛盾が生じ、「あいまい」になるのは当然であろう。国賠一審判決は、ここにはすっかり目をつぶっている。そうして「それが障害となって、前記疑問に至らなかった可能性もありうる」と刑事一審を救う。

 こうしてみると、国賠一審判決の本質は、「とにかく裁判官に責任なし」というものだろう。

 このように国賠一審判決はもってまわった言い方でもって刑事一審裁判官を庇い、責任を回避させようとしているだけである。

 わが国の普通の裁判官の少なくとも4分の1以上が、「事故認識の欠落」と「異常走行体験供述」が矛盾することに目をそむ背けるのか。そして、19×20センチという大きさのけっこん血痕をそのままに車両を警察に差し出した、なる茶番劇にほおかぶ頬被りして、同様の有罪の事実認定に至ると本当にいえるのだろうか。

 ガヴァガイさん報告のとおり、この日も阿部弁護士は熱く、そしていつもに増してわかりやすく語った。いや、われわれにとっては非常にわかりやすかったのであるが、裁判長や被告側代理人にはどうもわかりにくかったかもしれない。

[寅次郎]  



『明日の法律家講座』のご案内

 「伊藤真の司法試験塾」という司法試験の受験専門学校が渋谷区桜丘にあります。この学校ではほぼ定期的に『明日の法律家講座』という講演会が開催されます。このたび、ここで「遠藤事件」が取り上げられることになりました。12月ごろの予定です。また、庭山英雄弁護士(当会の前会長)がこの学校の専任講師をしていらっしゃることから、講演会前にプレ企画も開かれそうです。決定次第ご報告いたします。

 この講演会ではこれまで、薬害エイズの原告や代理人団の方、中坊公平さん、佐藤道夫さん、河野義行さんをはじめ、比較的幅広い分野から講師をお招きして「明日の法律家」への檄としています。ここには、司法試験合格はあくまでも手段に過ぎず、その後どんな法曹になるかが問題だといった思いがあります。このような講演会で「遠藤事件」が紹介されることは支援活動のみならず、社会的にも意義があるのでは、と思っています。

 詳しい日程は、次号ニュースでお知らせできると思います。

[寅次郎]  



鷹巣(たかのす)脇神事件について

 「関東ダンプ協議会栃木分会」にいらっしゃる当会会員の方からお便りをいただきました。遠藤事件と類似の事案が、今日でも残念ながら発生しているようです。『全日自労ダンプあきた』ニュースより「鷹巣(たかのす)脇神事件」をご紹介いたします。

 ダンプカーの運転手畠山さんは、車をバックさせた際に人をひいたとして逮捕・勾留され、1998年11月起訴されました。被害者が倒れていた近くに畠山さんのタイヤ跡が残っていたことなどが逮捕の理由でした。しかし、畠山さんは被害者を見ておらず、ひいたことも感知していません。警察は、畠山さんのダンプカー以外の車両を全然調べず、もっぱらその自白をもとに畠山さんを被疑者と断定しているようです。

 「やっていない」と言っても「被害者が見えただろう。ひいたはずだ。絶対わかるはずだ。地面と被害者のジャンパーにおまえのタイヤ痕がついているんだ」などと21日間、朝から夕方まで取調官に言われ続け、畠山さんは「自分がひいたのかも」と混乱し調書に署名・押印してしまったといいます。

 公判は、この6/23で14回を重ね、次回は9/1(金)午後1時30分秋田地裁大館支部です。秋田ダンプ支部では「公正な裁判を求める署名」の活動などをされています。

 この事件に関心をお持ちになった方は、当会事務局または下記宛てお問い合わせください。多くの方からのご連絡をこころよりお待ちしております。

〒010-0975 秋田市八橋戌川原47-3
        建交労秋田ダンプ支部
    (Tel. 018-823-7748 / Fax. 018-823-7751)

[寅次郎]  



次回弁論のお知らせ

次回弁論は──

9月27日(水)午後3時〜4時30分
霞ヶ関の裁判所ビル8階
東京高裁民事9部・809号法廷

──です。

 前回の弁論には、大変多くの方が傍聴に来て下さいました。次回も、さらに盛り上げて行きたいと思っています。皆さん、是非傍聴におこし下さい。

 また、弁論終了後、ミーティングと懇親会を行いますので、こちらもぜひどうぞ。

東京高等裁判所(裁判所合同庁舎)
東京高等裁判所(裁判所合同庁舎)

 



事務局から

●暑いっ。自らの希望で仕事場にはクーラーを入れてないので、軽いサウナ状態だ。しかも先日の健康診断で、通常は100前後の血中中性脂肪が487と言われた!血がどろどろになって血管が詰まるとヤバイぞと、ウコン茶、ルイボス茶などをがぶがぶ飲んでいる。みなさんも健康にだきゃご注意を。

[今井亮一]



●二回目の傍聴記を書かせて頂きました。本当は、「弁論前のミーティング」より後ろの部分のみが掲載予定で、それより前の部分は、スタッフの間だけで回覧するつもりだったのですが、意外と好評で、全部載せることになってしまいました。遠藤国賠と直接関係ないことばかり書いて、恐縮です。

[ガヴァガイ]



●前回弁論は仕事の都合で行かない予定だったのですが、実際には数日前に抜いた親不知のあとが腫れてしまい、あまりの痛さのため仕事にも行けず寝込んでいました。しかし、その日の夜には薬のおかげか痛みが少し退き、そこに傍聴を終えたガヴァガイが遊びに来たので、真夜中から車で二人して新潟方面へ遊びに行きました。

 磐越自動車道を北上しながら各地を見て回っていたのですが、途中西会津からは国道49号線を使いました。その理由はもちろん、遠藤事件の現場を見るためです。行ってみると、事故現場の道路は既に旧道になっており、国道49号線はすぐ南の新しい道路に移っていました。もちろんクランクはそのまま残っていましたが、事件のポイントとなった、阿賀の川タクシーの営業所も、既に移転していました。

 他の人にはただの道路なのですが、ガヴァガイとごちゃごちゃ言いながら、あちこちで写真を取りました。そんなことをしているうちに、なんだか二人とも現場にいることで興奮してきて、その思いを伝えようと、今井さんや寅次郎さんに電話したのですが、あいにく二人とも留守でした。無念。

[カブ]



●しばらく前から本業の傍ら何人かの中学3年生に国語や英語、数学の勉強を教えています。それが先日いきなり、期末試験対策として戦中・戦後史の講義をさせられる羽目になりました。それも即興で。教科書見ながらあるだけの知識と記憶をふりしぼり、なんとか無事終了させたのはいいのですが、・・・

 教科書には「従軍慰安婦」という記載がたしかにありました。私たちの頃にもまだなかったものです。しかし話をしているうちなんかヘンだなと感じ、まさか・・・と思って訊いてみると案の定、彼ら「従軍慰安婦」のなんたるかを知らない。よくよく教科書を見ると、「若い女性たちも、従軍慰安婦として戦地に送られた」といった感じのさらりとした記述がひとつ、その他なんのコメントも無し。要するに私たちの頃よりもひとつ、歴史の教科書に暗記事項が増えてただけでした。かわいそうに。

[tommi]



●皆様からは、毎月、会費・カンパなどをいただいております。本当にありがとうございます。会費の一口1,000円という金額は、より多くの方々に気軽に参加していただけるようにと、できるだけ負担の少ない金額に、との思いから設定しております。引き続き、皆様のご入会・ご支援をお願いいたします。

 なお、封筒の宛名シールに○印のある方は、年会費(1口千円。振込月から1年)を、氏名の後ろのカッコ内にある月にいただいています。ご承知おきください。また、会費等をいただいた方にも、事務処理の都合上失礼ながら払込用紙を同封させていただく場合がございます。何卒ご理解の上、ご容赦のほどお願い申し上げます。

[寅次郎]

 


発行: 「遠藤国家賠償訴訟を支援する会」

代表 : 今井亮一 (交通ジャーナリスト)
広報 : 寅次郎  (勤人&大学院生)

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