遠藤国賠ニュース

第42号(控訴審第22号) 1999年11月21日(日)

 

 
文書提出命令の申立却下

 遠藤さんは、本年3月22日、本件轢き逃げ事件の捜査関係書類の提出を求めて文書提出命令の申立をしたが、8月2日、却下された。そこで、直ちに「抗告許可の申立」という手続きをとり、現在最高裁で審理中である。

 これについて、町村泰貴助教授(亜細亜大学・民事訴訟法)がご解説くださった。

文書提出命令却下と許可抗告

 遠藤さんはひき逃げ犯という濡れ衣を着せられて、最高裁で無罪が認められるまで長い間苦痛を味わった。国賠訴訟ではその苦痛をもたらした警察・検察、そして証拠もろくにないのに有罪判決を下した裁判所の責任を追及している。

 国の方は起訴も判決も、きちんとした証拠に基づいてなされたので、違法ではないという。そこで遠藤さん側は、最初に受けた検問の状況もふまえないで起訴を決めたのではないか、ずさんな起訴ではないかという点を、捜査記録に基づいて論証しようとした。ところが国側は捜査記録の一部を出そうとしないのだ。

 民事訴訟法は、当事者が自分の持っている文書を引用していながら法廷に出そうとしないときや、文書の所持者と当事者との法律関係を記載した文書、当事者の利益のために作成された文書などを、提出しなければならないと定めている。最初の例は引用文書と呼ばれ、自分に有利な文書があるといっておきながら、現物をださないのはおかしいという考えに基づくものだ。また次の法律関係文書や利益文書と呼ばれるものは、もともと当事者が訴訟になったときに法廷に出し、事件の真相を明らかにすることも見込んで作成していたり、法律関係をはっきりさせるために作られた文書なのだから、訴訟になったときに提出しないのはおかしいという考えに基づく。遠藤さん側はこのような法律の規定に従い、法廷に出されていない捜査記録の一部を提出しろと、裁判所に命令を出すよう求めたのだ。

 しかし塩崎勤裁判長ひきいる東京高裁はこの申立を二度にわたって却下した。その理由の中心は、捜査記録が捜査機関の内部資料であって、内部資料は提出義務がないという点にある。

 確かにこれまで、内部文書とか自己使用文書などと呼ばれる文書は、たとえ法律関係が書いてあっても提出義務がないと考えられてきた。要するに自分がメモやノートとして使うためだけのものだから、訴訟の相手方のために提出を強制させられないというわけだ。しかしながら、内部文書だから出さないという言い分を無制限に認めてしまうと、せっかくの文書提出命令制度も空しいものになってしまう。情報を握っている側が、はじめから外部公開を予定した文書だけしか提出させられないということになれば、不利な証拠は全部隠すこともできることになってしまうからだ。

 だいたい組織の中で作られる文書や法律関係の作られる過程で作られる文書というのは、内部の利用のためという側面と、組織の運営や法律関係の適正を図るという側面の両方を目的にしていることが多い。例えば病院で作られるカルテなどは、医者が診療するためのメモという側面と、医療行為の適正を後でチェックするという側面をあわせ持っている。だから訴訟となれば、患者側の利益のために作成された文書として、提出を拒めないのだ。会社が作成する商業帳簿なども、もともと会社自身のための文書だが、取引先との法律関係が記載されているので、訴訟となれば提出義務がある。

 捜査記録も同様で、警察が犯罪者をさがして逮捕したり犯罪の証拠を集めたりするときに、ある場合はメモとして、ある場合は間違いがないように、そして後日は証拠としたり、捜査の誤りを是正するために、要するに捜査の適正を図るためにたくさんの文書が作られる。これらは内部で利用するためのものという側面ももちろんあるが、同時に裁判所や検察庁、そして被告人や被疑者のためにも、捜査の適正確保という目的で役に立つ文書なのである。

 そういうわけで、内部文書だから出さないという言い分は制限される必要がある。新しい民事訴訟法では文書提出義務を一般化する代わりに自己使用のための文書を提出しなくてよいものと規定したが、そこでも「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」というように、厳しい限定をかけているのだ。

 もう一つ、引用文書の考え方からしても捜査記録を出さないのはおかしい。国側は捜査も起訴が適正で、起訴の際にきちんとした捜査記録や証拠資料があったのだから遠藤さんに濡れ衣を着せてもやむを得なかったと主張している。それならば捜査関係の書類は洗いざらい提出して胸を張るべきではないか。起訴の際の資料を一部提出しないで適正を主張するのは、フェアではない。

 現在、遠藤さん側は東京高裁の却下決定を不服として最高裁に判断を仰いでいる。実は文書提出命令について平成9年まで最高裁の判断を受けることはできなかったが、平成10年に施行された新民事訴訟法は高裁の許可を得て最高裁に抗告を申し立てることができるとしたのだ。そこで遠藤国賠事件の他にも、銀行の稟議書(りんぎしょ)の提出義務の有無が最高裁の判断待ちとなっている。

 遠藤国賠で問われているのは、捜査や起訴の違法を理由に国家賠償を求める訴訟で、国側が出したがらない捜査関係書類を提出命令で出させることができるかどうかだ。この問題は最高裁の初の判断を求めるだけに、今後の同種訴訟に与える影響は計り知れないくらい大きいのだ。

[町村泰貴 (亜細亜大学法学部)]
http://www.asia-u.ac.jp/~matimura

 町村助教授はまた、上記抗告許可の申立の際にも、このような理論面で阿部弁護士らを応援してくださった。
 ありがとうございました。

 なお、文中で触れられている「稟議書(りんぎしょ)」とは、銀行が顧客への融資について決定する際の資料とするために、融資先についての情報(資産状況や使途目的など)を記録し、検討した書類である。これについて、最高裁(第二小法廷)は11月12日、「提出義務はない」との判断を示した。

 この決定において最高裁は、「内部で利用するために作られ、外部に開示することが予定されていない文書で、開示されると個人のプライバシーが侵害されるなど所持者に不利益が生じると認められる」ものは、「特別の事情」がない限り「専ら文書の所持者の利用に供するための文書(自己使用文書)」であると言っている。(決定文は、http://www.courts.go.jp/)

 そうすると捜査関係書類はきわめて公益的かつ適正なものであるはずである以上、「外部に開示が予定されていない」ものでも「(開示によって)所持者に不利益が生じると認められる」ものでもないはずであり、したがって「自己使用文書」にはあたらないことになろう。すくなくとも、このリクツをそのままあてはめれば。仮に百万歩譲って「外部に開示が予定されていな」くて「(開示によって)所持者に不利益が生じると認められる」としても、「特別の事情」くらいは認められそうである。なにしろ罪の無い人間が、13年という永き(事件当時、わたしはまだ生まれていなかった──とすら、当会代表の今井は思っている)にわたって「被告人」たることを強いられたのである。その発端となった公訴提起が違法であったことを立証するために、捜査関係資料はどうしても必要である。捜査という権力的手続きの性質上、後の裁判で証拠となるようなものはすべて、捜査側にあるのだから。

 ところで、なぜ「稟議書(りんぎしょ)」についてこんな争いになっているのか。

 様々なケースがあるようだが、一番多いのはいわゆるバブル期に売り出された「変額保険」という商品をめぐるものである。地価が異常に高騰したこの時期、相続税対策は資産家にとってだけの問題ではなくなった。そこで、その地価と同額の債務を負担すべく、保険会社と高額の契約をし、その資金を、保険会社と提携した銀行から8%前後の利率で借り入れる(しかもその土地を担保に)。保険会社は払い込まれた資金を概ね9%で株式運用するが、その運用損益は全て契約者に反映される。これでめでたく相続税も安く上がるうえお釣りまで来るはずであった。しかしその後の株価、地価の暴落はご承知のとおりで、たまたま親の所有する土地に住んでいただけのような一般庶民にそんな債務など負担できようはずがない(たとえばその土地が当時10億円と評価された場合なら利息だけで年間8000万円である)。要するに「変額保険」とはきわめてハイリスクハイリターン、ほとんどギャンブルなのだ。今となっては、契約者が死亡しない限り返済は不可能といっていいだろう。

 そこで、多くの契約者たちが、保険会社の説明義務違反、そしてこれと提携していた銀行の不当な過剰融資に対する責任を追及する訴訟を起こしている。その訴訟の中で、銀行の上記責任を立証する重要証拠がこの「稟議書(りんぎしょ)」というわけである。そこには、その顧客が「変額保険」を利用するために融資を申し込んできたこと、その顧客の資産状況、さらには保険会社と銀行との繋がりや情報のやり取りを示す内容等が書いてあるはずだからである。

 これについて最高裁は、「融資案件についての忌憚(きたん)のない評価や意見も記載されており、開示されると銀行内部での自由な意思形成に支障が出るおそれがある」から自己使用文書にあたり、裁判に出さなくてもよいとした。

 要するにこの決定は、巨大な経済力を持つ金融のプロである銀行の「私的利益」をがっちりと守り、「親が死んだ後もこの土地に住んでいたい(あるいは自分が死んだ後も子どもたちがこの土地に住んでいられるようにしてやりたい)、生活の本拠地を失いたくない」という市民の思いは切って捨てたわけである。と言っていいと思う。

[tommi]


控訴審弁論報告

 9月29日(水)午後3時すぎから、12回目の口頭弁論が開かれた。例によって阿部泰雄弁護士が約1時間30分にわたって熱弁をふるい、刑事一審裁判が有罪の決め手とした「情況証拠」の問題性を鋭く衝いた。

 今回は、準備書面と寅次郎の傍聴メモをもとにtommiがご報告する。

●刑事一審判決の論理

 新潟地裁の刑事一審判決は結局のところ、

(1) 事故現場を通過した関係各車両の通過時刻と順序からして、加害車両は遠藤車両のほかには考えられない、
(2) 第一発見者(とされた)中川氏が事故発見直前にすれ違った車両が加害車両であることは間違いないところ、その車両は遠藤さんのものである
 ──という「情況証拠」を、遠藤さんの有罪の決め手としている。つまり、これらの点だけから見ても遠藤さんは有罪であるところ、物的証拠(らしきもの)も、(ムリヤリ作られた)自白も、ともにそれを裏付けうるものである、という理屈である。

 東京地裁の国賠一審判決もこれと同様の立場にたって、「これでは誤判に陥っても仕方ない」と裁判官の責任を免じた。

 さて、この「情況証拠」なるものはほんとうに、有罪認定ができるほどの、ひいてはその有罪認定が「著しく不合理とはいえない」と言えるほどの、価値のあるシロモノなのだろうか。

●加害車両は遠藤車両のほかには考えられない?

   検問表によれば、2番目21時55分として遠藤車両、3番目22時として佐藤氏の車両に関する記載がある。この佐藤氏は「事故現場で停められ、被害者の遺体搬送が終わってから最初に発進した。西会津派出所前の検問でまた停められた。自分の車と入れ違いに『4トン・平ボディ・空荷のトラック(遠藤車両と同形状)』が検問を終え発進した。事故現場から検問場所まで、他の車を追い越したこともなく、他の車に追い越されたこともない」と証言した。他方、遠藤さん自身も「他の車を追い越したこともなく、また他の車に追い越されたこともない」と供述している。しかるにこの間の国道49号線はほぼ一本道でトラックなどが通り抜けられるような枝道は存在しない。そうすると事故現場から検問場所まで佐藤車両の前を走っていたのは遠藤車両しかない。かつその検問時刻から逆算して考えると事故を起こしたのは遠藤車両の他には考えられない──ということで、刑事一審判決は遠藤さんを有罪としてしまった。

 一見筋の通った話ではある。

 しかし、である。
 まず、刑事二審において警察官熊谷氏が証言したところによると、この検問表は「藁半紙に書かれていたものを、上司に命じられてそのまま書き写したもの」だというのだ。つまりこれは検問現場で作成されたものではない。そのような検問表の内容が信用できるのか。

津川町付近概観図
津川町付近概観図

 また、刑事一審では、検問表それ自体は弁護人の不同意により証拠とはされなかった。すると、補充捜査に従事したという警察官が法廷に出てきて、検問表の記載内容を丸暗記したままを証言した。つまり「伝聞証拠」である。これを裁判所は、弁護人の異議を無視し、違法と知りつつ有罪の証拠としてしまったのだ。

 「伝聞証拠」とは文字通り、要するに「また聞き」の証拠である。「また聞き」の話など、当然ながらあまり信用できない。たとえば、「俳優の××はヅラ(カツラ)なんだってさー」という噂がインターネット上を飛びまわっているが、その話が信用できるものかどうかは、まずは「××氏のハゲ頭を見た」と言う本人から直接話を聞いてみないとわからない。さらに、その本人に「ねえあなた、それほんとに見たんですか?髪引っ張ってみたんですか?なんでヅラだと判ったんですか?」などと問い質しいろいろと突っつけば、その話の信憑性はなおはっきりする。(なお、この場合「××氏」本人の頭を直接調べるのがもちろんいちばんであるが、それは「検証」という。人の話そのものの信用性とは別の話である)

 刑事訴訟においては、“その話”が本当かどうかを判断するのは裁判官。そこで、その裁判官の前で、利害の対立する当事者(検察側に対する被告人・弁護側)が、“その話”をした本人を反対尋問することによって、その内容が正確であるかどうかのチェックをしなければならない。このチェックを経ていない供述証拠(人の話したことを内容とする証拠)を広く指して「伝聞証拠」といい、原則として証拠として使ってはいけないのである。供述調書などの書面がその最たるものである。書面に対しては反対尋問ができないからである。

 このことはちょっとピンと来ないかもしれない。捜査においては実にたくさんの調書が作られ、それらが刑事裁判の法廷にもあたりまえのように登場している。

 じつは上記原則には重大な例外がいくつかある。そのひとつが「同意」である。利害の対立する当事者が、その書面を証拠としてもいい、異議はない、と言えばそのまま証拠として使える。

 要するに本件の場合、件の検問表を証拠とすることに弁護側が「同意」していれば何も問題はなかった。しかし上に述べたとおり、これは「不同意」とされた。したがって、実際に検問に従事した警察官本人に法廷で直接話を聞き、弁護側が反対尋問をしなければならなかった。ところが、出てきたのは「補充捜査に従事した」という別の警察官である。しかも、その内容はさらに別の警察官が「書き写した」という検問表の丸暗記。このような証言を反対尋問に曝してみても無意味である。だから、このようなものを証拠に使ってはいけなかった。しかし使ってしまったのである。

●中川氏がすれ違ったのは遠藤車?

 第一発見者(とされた)中川氏は、当時会津若松方向から現場方向に走行中、事故現場から450メートル手前の地点でクランクを曲がってきたトラックとすれ違い、そのクランクを通過し現場に差しかかったところ、血を流し倒れている被害者を発見したと供述している。そのトラックにつき同氏は、第7回公判において「すれ違ったのは冷凍車であった」と明確に証言した(遠藤車両は空荷の平ボディ)。

中川氏はこの角を曲がってくる「真犯人」の車を見た
『ドキュメント交通事件』(矢貫隆著・恒友出版)
中川氏はこの角を曲がってくる「真犯人」の車を見た『ドキュメント交通事件』(矢貫隆著・恒友出版)

 他方、その後に証拠申請された同氏の検察官面前調書には、「すれ違ったトラックは、・・・・・・少なくとも冷凍車のようなものではなかった」と記載されている。

 裁判所はこの矛盾をどう処理したか。法廷での証言は中川氏の記憶違いであって、調書に書いてあることの方が信用できるからとして採用し、したがって遠藤車を加害車両と考えざるを得ないと断じたのである。

 ではなぜ、この調書が法廷での証言よりも信用できるのか。これがまったく明らかにされていない。

 検面調書の場合、その供述者の公判での証言が調書の内容と相反する場合にも証拠にしてもいいことになっている。上に述べた伝聞証拠排除の例外のもうひとつである。

 ただしこれは、検面調書の内容のほうが公判証言よりも信用できる「特別の情況」のある場合に限られている。たとえば、大物政治家の収賄事件で、秘書が捜査に全面的に協力し「たしかに○億円、先生のご指示でわたくしが処理いたしました」という内容を検察官に語り、調書が作られた。ところが公判廷でこの秘書が、「いや、検察官に言ったことは実はウソで、そのような金銭のことなどわたくしはまったく存じません」と証言したとする。そこには裁判官もいるが「先生」ご本人もいる。このような場合、検察官室で検事と2人っきりの時に話したことの方が信用できそうである。そういうときはこちらの方を証拠としてもよい、ということになっているのである。

 本件においてこのような「特別の情況」とはいったい何なのか、裁判所は全く説明していないのだ。要するに初めに有罪ありき、遠藤さんを有罪にできる証拠は信用できて無罪をうかがわせる証拠は信用できない、ということであろう。

事故発生前後の状況
『ドキュメント交通事件』(矢貫隆著・恒友出版)
事故発生前後の状況『ドキュメント交通事件』(矢貫隆著・恒友出版)

●ちゃんと捜査したの?

 このようにきわめて問題のある「情況証拠」が有罪の決め手となったわけであるが、これらが法廷に出てきたのは、5年半にわたる審理の最後の半年間という時期である。しかも、予定されていた結審の日を目前にして、突然検察官が「補充立証を行ないたい」と言い出して引き延ばしたその半年間、である。

 はたして検察官は、これらの証拠を1977年の起訴当初から手にしていたのか。捜査は起訴前に尽くされていたのだろうか。

 まず検問表である。これが初めから検察官の手許にあったのかどうかをストレートに明らかにするのが、送致書書類目録(警察が事件を検察に送致するときに渡す書類のリスト)である。あったのならここに「検問表」と書いてあるはず。この目録については現在、文書提出命令申立事件として別途解決が迫られているところである。(上記、町村助教授の解説参照)

 ただし、検察がいつこの検問表を手にしたかどうかにかかわらず、これを元にして検問通過車両を割り出したうえ上記佐藤氏から事情を聞いたのは、82年の補充捜査においてである。つまり「事故現場を通過した関係各車両の通過時刻と順序からして、加害車両は遠藤車両のほかには考えられない」という「情況証拠」は、この補充捜査によって初めてできあがったのである。起訴の段階で、ではない。

 次に、中川検面調書。この調書の日付は、中川氏が法廷で証言した日の約2ヶ月前になっている。つまり、「最後にすれ違ったトラックは、…少なくとも冷凍車のようなものではなかった」という供述を記した書面が、法廷での「冷凍車であった」旨の証言の時に検察官の手の内にあった(ことになっている)。ところが検察官は、「ちょっと待て、調書にはこう書いてある。あなたが以前われわれに話したことと違うではないか」という反論ひとつしなかった。まことに不可解というほかない。

 このことについてわれわれ代理人は当初、検察官としても、法廷での中川証言が一点の曇りもない真実を語るものと認めざるを得なかったために、この調書の取り調べ請求を断念したものと考えていた。

 ところが再三指摘しているとおり、昨年になってこの調書の中川氏の署名筆跡に重大な疑惑が生じ、事態は風雲急を告げているのだ。

 つまりこの筆跡が、担当の検察事務官の筆跡にそっくりなのである。阿部弁護士らがこの筆跡の鑑定を裁判所に請求しているが、裁判所は「どうぞご勝手に、やりたいなら私的にやってください」というスタンスを崩さない。

 なにより、「少なくとも冷凍車ではなかった」という供述そのものがいかにも不自然である。これはまるで、後の公判廷で冷凍車証言が登場するのを予期していたかのような表現である。

 もしや、中川氏の冷凍車証言の登場によって有罪を危ぶんだ検察官が、この証言後に検面調書を偽造し、その日付を2ヶ月ほどさかのぼらせたのではないか──と考えるとすっきり説明がつく。

 では、この調書によって検察官は何を立証しようとしていたのか。

 この調書の「すくなくとも・・・」という供述の前には、「荷台が幌つきのものであったかどうかは判りませんが」というお断りがついている。検察官が中川氏に「では貴方がすれ違ったトラックはこういうのでしたか」と遠藤車の写真でも見せて“面通し”ならぬ“車通し”をしたという痕跡はなにひとつない。この調書が採用された後に行なわれた論告において検察官は、「中川氏が最後にすれ違ったトラックは遠藤さんのものである」という主張をしていない。──

 こういった点から明らかなのは、検察官は「『冷凍車であった』」という証言は信用できない」ことを立証しようとしただけ、ということである。「冷凍車ではない=遠藤車である」などとはひとことも言っていないし、言うつもりもなかったのである。それを言ったのは新潟地裁である。

98年2月5日付け朝日新聞夕刊
98年2月5日付け朝日新聞夕刊

●とにかく有罪にしたい。しなきゃいけない。

 さて、こういった「情況証拠」が法廷に登場してきた頃、すでに、物的証拠とされた「右後輪付着物」は被害者の血痕たり得ないことが証拠上明らかとなり、自白の任意性も信用性も否定されていた。これらによって有罪を立証することはもはや不可能であった。

岩沼署で発見されたとされる「右後輪付着物」
岩沼署で発見されたとされる「右後輪付着物」

 このような状況の下で、「情況証拠」が有罪への活路としてもくろまれたのだ。だからこそ裁判所は、書き写しの検問表丸暗記の警察官証言も、「少なくとも冷凍車ではなかった」などという不自然な検面調書も、むりやり採用して有罪の証拠としてしまうという暴挙に出たのである。後者についてはあまつさえ、検察官が立証しようとしていた内容以上のことまで認定しているのだ。裁判所の焦りが手に取るように見えるというものである。

 日本の普通の裁判官の少なくとも4分の1以上が、このような訴訟指揮を行い、証拠採用を行い、そしてこのような「情況証拠」により有罪の認定に至るというのだろうか。この訴訟で厳しく問われているのは、まさにこの点なのだ。

 ちなみに、司法研修所で数年前、司法修習生が検察実務を学ぶ際のテキストに遠藤事件が取り上げられたことがある。それによると、この事件は「情況証拠」は起訴前にすべてそろっていたことが前提にされており、捜査が充分に行われ証拠収集がうまくいった事案ということになっている。冗談じゃない。とんでもない誤りである。

 もっとも、そう誤るのも無理はない。何しろ有罪の決め手となるほどにきわめて重要な「情況証拠」が結審間近の1982年の補充捜査によって作り上げられたなどとは誰も思わない。物的証拠と供述証拠では有罪にできない、とても結審できない、そう気がついた裁判所が、1982年になってから補充捜査の名の下に慌てて「情況証拠」をかき集めさせた、などと想像だにしない。このようなものは当然、起訴時には収集し終わっていると思うのがあたりまえである。

──概ねこのような弁論に、裁判長は相変わらず表情豊かに聴きいっていたそうである。国側代理人らもこれまた相変わらず、眠たそうだったようだ。激務の合間のお昼寝タイムなんだろうか。

 以上、「また聞き」による報告でした。

[tommi]


次回弁論期日は、

12月8日(水)午前10時30分〜12時
霞ヶ関の裁判所ビル8階・東京高裁809号

 法廷傍聴はもちろん無料。途中で入退廷もできます。お気軽においでください。弁論終了後、ミーティングと恒例の懇親会を行います。こちらもぜひどうぞ。


事務局から

●先日、当会の前の会長の庭山英雄さんにお会いする機会がありました。
 庭山さんは元・専修大学法学部教授で、現在は、被疑者段階から公選弁護人をつけることに取り組んでおいでとのこと。
「今井さんの代になってから、会(当会)もよくなったねえ」
 と言われ、
「いや、ボクは仕事に追われてほとんどナンにもやってないです。ぜんぶ事務局の寅次郎さんたちのおかげですよ」と強く申し上げておきました。

[今井亮一]


●遠藤国賠HP(ホームページ)には、訪問者数のカウンタが組込んであります。公開はしていませんが、新装開店した7月1日から10月末までの4ヶ月間で、延べ訪問者数は2300人を超えました。この数をどう見るかは難しいところです。というのも、趣味のHPには、一日の訪問者が軽く500人を超えるものが結構あるからです。個人的にはもっと訪問者が増えて欲しいですし、そのために、内容をもっともっと充実させなければと思っています。今、一番早く完成させたいのは、「遠藤国賠FAQ(よくある質問と回答)」。遠藤国賠に関する素朴な質問と、関係者からの率直な回答を掲載する予定です。実は私も初心者なので、色々と質問があるんです。皆さんも、何か質問があれば送って下さい。FAQに載せたいと思います。事務局宛の郵便か、HP管理者宛のE-mailか、HP内のBBSで、よろしくお願いしますね。

[HP管理者1号:ガヴァガイ]


●ヨルダン・イスラエルへ一人旅してきました。イスラエルで郊外を散歩していてたまたま最高裁判所を見つけたので、これ幸いと中を見学してきました。建物はえらくモダンで日本と同様に丘の上に建っており、関係無い人はほとんど通らない場所にありました。恐る恐る入ると入口で金属探知機のセキュリティーチェック。日本の高裁と違って設計時から考えた造りになってる。係員に聞くとカメラは法廷内以外は自由とのこと。中は明るくて開放的、意外なことに警官も見当たらず気兼ねなくシャッターを押す。続いて法廷へ、こちらもきれいで明るい。ヘブライ語はさっぱりなので内容はわからないが、女弁護団のリーダーらしき人が熱弁してた。傍聴席との垣根も無く、傍聴席もきれいで長椅子なので席数はわからないが100人くらいは座れると思う。イスラエルは嫌いだが、最高裁判所に関しては日本も少し見習って欲しい。日本では見学すらままならない。(尚、画像に関しては後日ホームページに掲載予定)

[HP管理者2号:カブ]


●文書提出命令に関して解説をお寄せくださった町村さんは、毎日新聞のコラム「サイバーな人びと」において、インターネット弁護士協議会の最高裁ウオッチャーの一人として紹介されたり、朝日新聞夕刊のコラム「窓」においては、元防衛政務次官西村氏への抗議活動をご自身のホームページ上で展開し始めたことが取り上げられたりと、大学の外でもご活躍です。URLは以下のとおり。こちらもよろしくおねがいいたします。

インターネット弁護士協議会
     http://www3.justnet.ne.jp/~ilc/front.html

西村氏に対する議員辞職要求
     http://member.nifty.ne.jp/matimura/appeal.html

●当国賠の傍聴には、ご自身も何らかの法的トラブルをかかえておられる方がいらっしゃいます。そのひとり、木村莊一さんのケースをご紹介いたします。

 木村さんの実妹・静江さんは、1993年5月、自宅近くの路上で多数の怪我を被って倒れているのを通行人に発見された後、収容先の病院にて死亡しました。松江署は怪我の状態から、ひき逃げ事件と見て、緊急手配をし、捜査を開始しましたが、2時間後、何故か捜査を止めてしまい、病気転倒事故として処理してしまいました。その後、解剖によって外傷性クモ膜下出血と分かってからも、ご遺族に対して怪我の数まで嘘をついて真実を隠蔽し誤魔化していたのです。しかも、ひき逃げによる交通外傷であることが、元東京都監察医務院長・上野正彦医学博士の鑑定により判明してからも、警察は転倒の原因が分からないと言って自らの過ちを認めなないのです。

 そこで、木村さんは、警察が真実を認めご遺族に謝罪することを求めて、署名などの活動を始められました。

 この事件に関するお問い合わせは下記まで。少しでも多くの方が関心を持ち、そして署名にご協力いただけますよう、お願いいたします。

〒167-0023 杉並区上井草4-7-9
       木村莊一
       Tel.03-3399-3373

[寅次郎]


●今回、弁論を傍聴してもいないのに弁論報告をすることになってしまいました。舌足らずな点やわかりにくい点は多々あろうかと思います。どうかおゆるしください。

[tommi]

 


発行: 「遠藤国家賠償訴訟を支援する会」

代表 : 今井亮一 (交通ジャーナリスト)
広報 : 寅次郎  (勤人&大学院生)

  事務局連絡先:
     Tel & Fax 03-3319-3012
     E-mail:ip2m-sgym@asahi-net.or.jp