遠藤国賠パンフレット

原告の主張・2
 

 
【私たち原告の主張】

その2《本件裁判官の責任》

 本件一、二審の裁判官には、次のような重大な問題があります。

●裁判官のとんでもない誤り

(1)遠藤さんには明白なアリバイがあるのに、想像で否定した。

 遠藤車とバスのずれ違った場所は、検察官と弁護人の主張が一致しており、争いがありません。しかし、それを認めると有罪にできなくなるため、一審の判決は検察官の論告さえ否定し、証拠もないのに、勝手に右すれ違い地点をずらしてしまいました。まさに裁判官が創作した有罪判決と言わなければなりません。
(2)遠藤さんの「自白」調書は、前に述べたとおり被害者の傷の状況などとまったく一致しないのに、有罪の証拠とした。

(3)「タイヤのシミの付きかたが異常であり、かりに人を轢いたとしても物理工学的にありえない」という江守鑑定を一蹴した。

 さらにまた、事故当夜の検間でなぜシミがみつからなかったかとの疑問については、夜間で見落としたと退け、それならば実験してみてほしいという弁護人の申請も却下しました。
(4)タイヤのシミは血液でないとする船尾鑑定を採用せず、矛盾だらけの桂鑑定を採用した。

 桂教授の鑑定方法では、26年前のシミでも、10時間程度で血液かどうかがわかるはずなのに、遠藤車のシミの鑑定では48ないし72時間かかってしまいました。わずか3年半前のシミなのに。最高裁は、この鑑定の問題点を明解に指摘しています。
(5)中川氏の法廷証言を否定し、検面調書を採用した。

 中川氏が、検面調書は検察官がむりやり作ったものだと法廷で明言しているにもかかわらず、この証言を「生まれて初めて法廷で証言することでいささか冷静さを失ない」などと理由にならない理屈で否定し、検面調書を採用したのです。
(6)二審の裁判官が証人を間違えた

 二審の法廷では、事故後の緊急配備検間には直接立ち会っていないと証言する警察官が出廷しました。それを裁判官は、検間に立ち会った証人と誤認します。そして、この警察官が作った検問表を、同証人が直接見ていない検問場所を通過した車両の順序や車種に関する証拠として採用してしまったのです。

●誤って起訴された損害は取り返しがつかない

 今日、刑事事件で起訴されると、それだけで社会的地位や名誉・人間関係が決定的に傷つけられます。あとで無罪になったとしても、それまでの精神的・経済的損害は取り返しがつきません。検察官は、この現実を厳粛に受けとめなければならず、起訴にあたっては被告人に不利な証拠だけでなく有利な証拠も慎重に検討しなければなりません。

 また、裁判所は人権を守る砦でなければなりません。刑事裁判は、何ものにも代えがたい生命・人身の自由を国家が強制的に奪うものですから、「検察官が合理的な疑いを超える程度まで有罪を立証しない限り、無罪判決を言い渡さなければならない」というのが刑事裁判官の鉄則です。

 遠藤事件の一審、二審裁判官は、遠藤さんの無実を裏付ける数多くの証拠には意図的に目をふさぎ、被告人に不利益な証拠のみを「つまみ食い」して、むりやり有罪判決を下したとしかいいようがありません。

 故意または過失で他人に損害を与えたものは、賠償義務を負うというのが市民の常識です。

 検察官や裁判官の裁量、そして裁判行為の特殊性があるにしても、この事件のように、事実認定や法令の解釈適用にあたって、経験法則、採証法則、論理法則を大きく逸脱し、検察官や裁判官に要求される行為規範を無視したといえるほど過誤が明白であり、さらに最高裁も下級審の誤りを認めたケースについては、当然国家賠償請求と個人責任が認められなければなりません。