遠藤国賠パンフレット

原告の主張・1
 

 
【私たち原告の主張】

その1《本件検察官の責任》

●起訴検察官のとんでもない誤り

 遠藤さんを起訴した検察官の捜査は、次のようなずさんなものでした。

(1)警察の捜査記録から遠藤さんのアリバイが裏付けられているのに、検察官は、あえて無視した。

 遠藤さんは、事故現場を通過したのちに1台のバスとすれ違いました。バスの運転手は、遠藤さんの車とすれ違ったあとで、轢かれる前の被害者を見ています。これは遠藤さんとバスの運転手の供述調書が示す事実です。

 ところが検察官は右調書の記載に気づかず見落として「バスの運転手はすでに轢かれていた被害者を、轢かれていないものと見まちがえたに違いない」と勝手に想像したのです。

 バスの運転手の供述は、遠藤さんの無実を証明する重要なカギです。供述内容に疑問があれば、当然、バスの運転手から再度事情聴取をすべきなのに、それさえ行なっていません。

(2)遠藤さんが被疑者と特定されるまでの不自然きわまる経過を無視した。

 事故発生後の検間で、2人の警察官が遠藤さんの車両を点検したときは異常なしでした。事故の2日後、警察官が遠藤さんの勤務先で再度検分したときも何ら異状の指摘はなく、また多くの遠藤さんの同僚も見ていましたが、異状は発見されていません。タイヤに巨大なシミが発見されたのは、車両が岩沼署に運ばれてからのことで、突如これは血液だといわれたのです。

 多数の目を経て異状なしとされていた事実、また、かりに血液だとしても、轢き逃げ犯人が2日間も血痕をつけたまま平気でいられるのかという疑問、この不自然な経過を検察官は無視しました。

(3)タイヤのシミが事故のものと仮定すると、付着箇所があまりにも異常であることを無視した。

 タイヤのシミは接地面ではなくタイヤの中心部で、へこんだところにも付いていました。江守一郎鑑定の結果をまつまでもなく、素人の目から見ても轢き逃げ事故でこんなところに血が付くわけがないとわかるものです。
(4)警察官の作文にすぎない遠藤さんの「自白」調書の評価を誤った。

 自白調書はでっち上げでした。その作られた文章には明らかな矛盾があります。つまり遠藤さんの員面調書では「後輪で一回轢いた」ことになっていますが、被害者の傷の状態を細かく検討すれば、前後のタイヤで二回轢いたことを示しており、一致していません。

 また調書では、「ハンドルがとられ左に進路が変わった記憶がある」となっていますが、仮りに右後輪で轢いた場合、自動車工学上は、ハンドルは右に切られ、左に切られることはないのです。この点に関しても調書の内容と一致しません。このように調書と客観的事実との矛盾は明白でした。

●公判立会検事による証言をゆがめた証拠作り

 起訴した検察官に加え、起訴後の裁判を担当した検事も重大な誤りを犯しています。事故第一発見者中川氏の供述内容をことさらゆがめた検面調書を作成したのです。

 中川氏が事故現場直前ですれ違ったのは冷凍車の類で、遠藤運転車の平ボディとは一致しません。法廷でこの証言が出れば、遠藤さんの無実が立証されてしまいます。そこで公判立会検事は、事前に手をうちました。中川氏が法廷で証言する前に呼び出したのです。そして「君の記憶は間違っている」と責め上げ「少なくとも冷凍車の類ではなかった」という検面調書を強引に作成したのです。

 しかし、中川氏は第7回公判期日に法廷で「すれ違ったのは冷凍車の類」と証言しました。検察官は、もし証言と調書が食い違っていたら、調書を示して弾劾することができます。しかし、それは一切しませんでした。そして第22回の公判期日で、いきなり問題の調書を証拠として申請したのです。

 この不可解な検察側の動きは、検察官の自信のなさを示すものであり、検面調書がゆがめて作られたものであることを意味しています。