遠藤国賠パンフレット

支援者からのメッセージ
このパンフレットを御覧になった皆さんに・・・
 

 
●伊佐千尋(作家)

「司法の現状に対する市民からの異議申し立て」

 人権無視の捜査に始まり、検察・裁判の運用の非が数限りない誤判を生んでいる。公訴権の独占は、検察の独善を許しているわけではない。捜査官憲の裁量を抑制、被疑者の権利を守るのが裁判所ではないか。

 世界の民主主義国家ではみな、裁判へ民衆が参加している。国家と個人が厳しく対立し市民の自由と人権に大きな関わり合いを持つからだが、「法学の知識一に対して、人間と人生に関する知識千が必要」といわれるように、その判断過程には市民の常識が不可欠なのである。市民が陪審員として裁判に参加して初めて国民の納得が得られ、法の手続きに対する社会の信頼も支えられるのだ。遠藤国賠事件は、司法の現状に対する市民からの異議申し立てである。


●藤井英男(元遠藤国賠事件原告代理人団長/元日本弁護士連合会会長)

「国家賠償は正しい裁判を実現できる有力な方法」

 本件は、最高裁判所が新たな証拠調べを何らすることなく、一、二審の有罪判決を破棄して、自ら無罪を言渡したという、きわめて異例な事案である。それほど、本件起訴と一、二審は異常きわまりないものであった。遠藤君は、弁護人とともに、日常的に起こる多くの交通事故の事件について、このようなズサンな起訴や裁判が行われることのないように、国と検察官および裁判官を被告として、国家賠償請求の訴訟を起こすことを決心し、この訴訟への代理人参加を呼び掛けたところ、現在全国で約560名の弁護士が原告側代理人となって弁護団を形成している。

 ご承知のように、裁判に関する国家賠償事件は、従来ほとんど容れられることなく、裁判や裁判官は、賠償責任のない「聖域」とされてきた。しかし、間違った裁判は、国民の権利や利益を侵害する最たるものであり、その責任を問えないとすると、憲法第一七条が国の賠償責任を規定した趣旨はまったく否定されてしまう。私どもは、間違った裁判に対しては、国家賠償により、その責任を問うことが、誤判をなくし、正しい裁判を実現できる有力な方法であるとを確信する。この訴訟に対する国民多数のご協力を求める次第である。


●庭山英雄(元遠藤国賠訴訟を支援する会代表/専修大学教授)

「明日はわが身」

 この事件は、車を運転する人なら誰でもまきこまれる可能性のある事件である。にもかかわらず一度警察に疑われたら最後、無実を明らかにするのに十三年もかかる。こんな司法制度はおかしいと誰もが感ずるであろう。日本の司法制度がまともなものになるよう願って、私たちは立ち上がった。本パンフを読んで、同感だと思う人が一人でも多くなることを祈って止まない。決して他人事ではない。「明日はわが身」なのである。